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会議が会社をダメにする まだ理解できていない人々 [日々つれづれ]



会社が大きくなるにつれて、比例して多くなる会議
 もしかしたら、一日中会議をしている
 もしかしたら、一年中会議をしている のでは....

会議のせいで、
 自身に届いてメールは返信どころか、内容すら確認できない毎日
 会議中に鳴る携帯電話、あまりにも着信が多く 空き時間に半分以下の折り返しもできない
 部下は相談したい事があっても、部長が捕まらない やっと席に戻ったかと思うと、
  ものの5分も経たないうちに、また別の会議のため、席から居なくなる
  ヘタをすれば、今日はもう席に戻ってこない

そんな毎日の繰り返し
 やがて部下は部長が席にいる事に逆に違和感を感じ、
 早くどこかへ行ってほしいと心で願うようになってしまう


日本の会社社会は
とにかく、
 会議が大好きだ!
 会議をすることで、まとまり共有協力として 
 すべてが上手くいっていると大きな勘違いをしている

その波はやがて部下に押し寄せる
 「とりあえず君も会議に出なさい!」と部長からの命令指示

 しかしその指示は、果たして的確なのか?
 単にまたまた時間を無駄にした人が増えるだけ! では?????

 もし指示をするなら、
  自身の部下がどういった目的で会議に出るのか、
  役割や立ち位置、今後の展開などをきちんと説明して
  この会議に出る意味や目的、そして最終的な姿や形まで
  部下に説明しないと 部下は困惑して理解に苦しむ

 やがて、「部長が出ろと言われたから?!」と 
 何のために会議で出ているのか?
 部下は理解できないまま、
 ずっーとずっーと会議に出る事になってしまう。
 もうここまでくると惰性だ!


また
一つの会議にやたらめったら出席者が多くなってしまうと、
 発言する人間は数人に限られ、
 参加者それぞれの当事者意識が薄れ、
 傍観者に変わってしまう
 
 一旦傍観者に変わってしまったら、
 すでに会議自体に興味も緊張感もなく、
 事前に配布された資料にも一切目を通す事はなくなり、
 会議という群衆にまみれ、
 会議に参加する事が仕事だと勘違いをしてしまう

いやいや会社が勘違いをさせているのだ


ご存知ですか??
重要な内容ほど、
 会議以外の場所で極力少ない人数によって決定されてしまう事を!

また、
 討論を重ねた会議中にちょとだけ顔を出した役員や上席の意見が、
 大多数の議論を圧倒してしまい、
 まるで論議する必要性もないかのように決定しまう。

 そしてその役員や上席は、
 おきまりの文句で「みんなで意見を出し合って決めてくれ!」と語る

そういった会議では、決定権のある上司ほど、実は実態を理解していない事がおおく
決定権のないものが、全体を理解していたり、最も正しい事あるべき姿を主張している。


念入りに慎重かつ綿密に準備した会議では、
乱暴に一方的にしかも粗雑に物事が結論されてしまう

つまり
日本の社会において、そもそも会議などあまり必要ではないのだ
重要ではないのだ


部長の席は、その部署の中心位置で全員を見渡す事ができる席
この席にはとても重要な意味がある

朝一番に席に座り、
 出勤してくる部下ひとりひりに声をかける

朝礼後や午後一番に、部下全員を眺め 
 顔色がおかしくないか!?
 何か悩んでいないか!?  
 険しい顔をしていないか!?

 眺めて 声をかけるのは、本来必要不可欠な部長やマネージャーの仕事だ

しかし会議ばっかりしていて 
 ほとんど席にいない 
 相談もできない メールも見てもらえない 電話にも出ない
 もちろん折り返しなどあり得ない

 そんな部長やマネージャーを見ている部下たちには、
 この人たちに対して、どうでもよい存在に変わってしまう!

会議をすることが仕事ではない
本来会議などほとんど必要ない
(本当に重要な事は少数の人間によって決められるから)

日本の会社社会は、会議が会社をダメにしている事に気づいてほしい。

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自分ブランドこそが、一流 .... 現在のよくない会社社会の実態 [日々つれづれ]

自分ブランドこそが、一流

日本人のほとんどの人は起業を志すよりも、
社員として企業に入り組織の中に紛れ込んだ。


何をするかは上司が決め、
多くの人は中心から外され、
自らの才能を感化する事なく末端部分で、
諦めと満足の境界で一旦落ち着いた。


一部の人間は、
出世が偉くなったと勘違いをし部下や下請けに自信の力を誇示し、
上席者にご機嫌を取る事で、自身の存在価値をさらに高めた。


こういった負のサイクルを繰り返す事で、
『上は現場を知らず』
『現場は会社を理解しない』という悪循環が生まれた。


そう大切なのは、得意先ではなく、上席であった。


また、
例えばホームページの一部に何か追加するだけでも、
 無駄な会議を経て、
 予算見積もりを行い、
 開発側へ依頼、
 と単純な作業に、
多くの時間を浪費して情報化に乗り遅れても、これが一流ブランドと自負した。



協力・尊重・理解こそが全てである会社組織において、
派閥や好き嫌いと、到底会社組織には本来無縁だった内容が日々侵食し、
やがて非協力的な状態から妨害までが同じ営利目的を持ったはずの会社内で日常的に発生した。


一番残念な事は、社会や先輩や親や教師達に、そうしろと教えられた事だ。


今、自分ブランドに誇りを持ち、企業ブランドに負けない
自分ブランドを作る時が来た。


一流と自負する三流達には、決して負ける気はしない。
いや、負ける要素は全くない。

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日本の会議について思う! [日々つれづれ]

日本の社会は、とにかく会議が大好きだ!
しかし その多くは 会議ゴッコにすぎない。


しかるべき人数を超えると、その会議は 会議ゴッコに変わる。

それは、出席する人数が多いほど、発言する人間は限られてしまい、
 参加者それぞれの当事者意識が薄れ、傍観者に変わってしまうのだ。

 一旦傍観者に変わった人達は、すでに会議自体に興味も緊張感もなく、
 事前に配布された資料にも一切目を通す事はなくなり、会議という群衆にまみれる。


とりあえず君も会議に出ておけ!
 こんな命令指示は なんの根拠もなく時間を単に無駄にしているだけだ。

また、「ぜひ女性人の意見も聞きたい! 積極的に意見を述べてほしい」などという人は
 所詮綺麗ごとに過ぎず、結論を出すのは常に男性人であるのだ。

重要な内容ほど、会議以外の場所で極力少ない人数によって決定されてしまう。

ちょとだけ顔を出した上司の意見が、大多数の議論を圧倒してしまい、
 まるで論議する必要性もないかのように決定するが、
 そういった会議では、決定権のある上司ほど、実は実態を理解していない。
 さらに決定権のないものが、最も正しい事 あるべき姿を主張するのだ。

念入りに慎重かつ綿密に準備した会議では、乱暴に一方的にしかも粗雑に物事が結論されてしまう。

残念ながら、多くの日本社会に当てはまってしまう。
 だからこそ、今も行われている日本社会の半分以上は、会議ゴッコに過ぎないのだ。

と痛感する。
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肩こり、首こり、眼精疲労の日々 [日々つれづれ]

最近では、スマホ老眼! なんて言葉も流行っていますが、私も、朝起きてから、ほぼ夜までパソコンで開発や資料作成、検証テストなどを行っておりますので、日々肩こり、首こり、頭痛、眼精疲労などに悩まされています。
ひど時は、30分ほど横になりたいぐらい辛くなります。

さて、私の解消方法は、
 体操、目薬、湿布剤、磁気ネックレス、
 そして一カ月に一回ほどしか行けませんが、マッサージ(3000円?/時)も利用しています。

正直、どれもあまり効果がありません。
先日疲れが溜まったせいか、運転中 目がショボショボしてしまい緊張して運転していました。

肩こりや頭痛だけではなく、イライラしたり、なにか体調が良くなかったりと、働く人々は大変ですが、私を含め、少しだけでもリラックスできる時間を作る事で、少し楽になれればと思う日々です。

管理職は、一番最初に席に付け! [日々つれづれ]

これは、私が以前の会社の上司に教わった事です。

ある日、その上司は私のところへ来て、こう言いました。
「管理職は、誰よりも朝一番に席に付け。」
「一人ひとりが出社する時、大きく「おはよう」と声をかけろ。」
「朝礼後、最低30分は、部下達の顔を見て、元気がない奴、悩んでいる奴、を見つけて、自ら声をかけろ! そして、半分だけ助ろ! でもあと半分は自身で考えさせろ!」
「それが、管理職が行う最初の仕事だと!」

この言葉は、今でもずっーと私の頭の中から消さずに、迷ったり、悩んだとき、想いだしています。
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